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神戸地方裁判所 昭和46年(行ウ)7号 判決

原告 泉浩

被告 神戸税務署長

代理人 高須要子 石田赳 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因一ないし三項の事実は当事者間に争がない。

二  そこで、被告の主張する所得項目のうち、原告の争う項目について検討するに、争のあるのは係争各年分の売上金額及び算出所得金額(その結果、所得金額および総所得金額)であり、その他の項目については当事者間に争がない。

三  そこで、係争各年分の売上金額及び算出所得金額について判断する。

(一)  本件においては原告が白色申告者であり、昭和四二年分及び昭和四三年分の各事業所得金額の算定に必要な帳簿を備え付けず、原始記録も税関に対する積込承認申請書のコピー以外はなかつたことは当事者間に争がないので原告の売上金額の算定については推計により算出することが許容されるものと解するのが相当である。

(二)  そこで、推計の合理性について判断する。

特定の事業を営む者の所得を把握するにあたり、その者の所得確定の方法として推計課税の方法をとる場合、同規模程度の同業者の算出所得率により売上金額を推計することは、特別事情のないかぎり、所得の認定方法として合理性があると認めるべきである。本件について見ると、被告は、原告の係争各年分の売上金額及び算出所得金額を推計する際に、原告と同じ船食業を営む東新貿易の算出所得率八・〇三パーセントを適用して算出した旨主張する。そこで、

1  先ず、推計の基礎として、同業者東新貿易の選択が本件において適切かどうかについて検討する。

<証拠略>及び弁論の全趣旨を綜合すれば、

〈1〉 原告と東新貿易は、ともに、

イ 入港中の艦船に対し乗組員の艦上における日常生活に必要な飲食料品の販売を業としていること、

ロ 販売商品は、生鮮食料品、かん詰、乾物、酒類であること、

ハ 販売先は、主として中国人の乗組員の艦船を対象としていること、

〈2〉 両者の営業場所は、神戸港、大阪港が主であり、営業所の所在地も同じ神戸市生田区内であつたこと、

〈3〉 欧米人や、日本人乗組員の艦船を対象とする船食業者と中国人乗組員の艦船を対象とする船食業者とでは経営の態様や、所得率等の点において差異があること、

〈4〉 中国人だけの乗船員を相手とする船食業者は、神戸港においては二、三パーセントに過ぎず、比率の対象となる業者が極めて少くないこと、神戸税務署管内には東新貿易の外に、同一規模のものとして大昌貿易行があつたが本件調査当時には休業中であり、比率の対象とすることは出来なかつたこと、

〈5〉 原告は個人企業であり、東新貿易は有限会社であるが、同会社は、もとは個人企業であり昭和三二年頃会社組織に改めたものであるが、従業員も二、三名程度であり経営規模、営業内容も個人企業と大差なく、原告の企業と類似していること、

〈6〉 原告自身も、大阪国税局協議団の担当協議官に対し東新貿易や前記大昌貿易行と原告とは差益率、所得率等において大差がない旨述べていること、

以上の事実が認められ、これに反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他にこれに反する証拠はない。

右事実によるときは、東新貿易は、業態、事業、規模、立地条件等において原告と類似性が認められるところであり、東新貿易を類似同業者として選択した点については十分首肯しうるところである。尤も、比準する事例として一件であるが、もともと中国人艦船を対象とする船食業者は極めて少ないうえに、原告の営業実態に鑑みるとき、日本人或は欧米人乗組員を対象とする船食業者と比較するときは却つて合理的でないというべく、このように原告と類似し、また原告においてもその類似性を認めている東新貿易を選択し、これより推計することは、類似事例として一件であつても合理性を有することが認められるところである。ところで、原告は、東新貿易は、その後、倒産し、行方不明となつたものであり、かかる乱脈、不安定な会社を比率同業者とすることは不当であると主張するも、これに沿う原告本人尋問の結果は措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。かえつて、<証拠略>によれば、昭和四五年三月頃、東新貿易は新規事業に転向すべく、これまでの債務を全部返済して廃業したことが認められるところであり、亦、後記認定の如く、昭和四二年分において更正決定をうけた事実は認められるのであるが、それは単なる経理上のミスに過ぎず、特に乱脈な経理によるものとは認められないところであり、原告の主張は理由がない。

2  次に、東新貿易の算出所得率八・〇三パーセントが妥当であるか否かについて判断する。

別表(一)(昭和四二年分)、付表(昭和四三年分)の記載各科目(項目)及び金額については、原告において明らかに争わないので自白したものとみなす。そうすると、別表(一)によるときは、東新貿易の昭和四二年分の算出所得率は八・〇三パーセントであり、所得率は七・一九パーセントであることは計数上明らかであること、<証拠略>によれば、東新貿易は、経理上のミスにより、売上金額に計上洩れ等があり昭和四二年分において更正決定をうけたが、その内容は、別表(二)の「被告署長より更正があつた後の金額」欄記載のとおりであることが認められるところ、これによるときは、所得率は八・六〇パーセントであることは明らかである。この点について、原告は、右更正決定後の算出所得率は〇・〇九九七、所得率(但し、売上高に対する当期利益額の割合)は〇・〇三〇三であると主張するも右主張の算出の基準である別表(四)の「正当となるべき金額」欄の売上金額四二、二四九、〇一九円、算出所得金額四、二一三、三三八円についてはこれを認めるに足る証拠はなく、更に、原告主張の所得率は売上金額から売上原価、一般経費、並びに特別経費を差引いた金額の売上金額に対する割合をいうところ、被告主張の所得率は売上金額から売上原価及び一般経費を差引いた金額(算出所得額)の売上金額に対する割合をいうのであり、両者はその算定の基礎を異にするものであるから比較することは出来ないものというべく、いずれにしても、原告の主張は採用の限りでない。そうすると、更正決定後の昭和四二年分の所得率八・六〇パーセントは更正前のそれを上廻ることが認められる。

次に、前記付表によるときは、東新貿易の昭和四三年分の所得率は九・九二パーセントであり、算出所得率は一一・四一パーセントであることは明らかであり、いずれも昭和四二年分のそれより上廻ることを認めることができる。

なお、<証拠略>によれば、別表(三)記載の各国税局及び税務署の各管内の、昭和四二、四三年分(法人であれば昭和四二、四三年を含む事業年度)の、東京湾、横浜港、名古屋港、大阪港及び神戸港における法人及び青色申告者たる個人の船食業者一四件の各収入(売上)金額、売上原価、算出所得金額、原価率及び所得率は同表各欄記載の通りであることが認められ、右事実によれば右同業者の一年分又は一事業年度を各一件として延二八件の平均率を算定すると一〇・六五パーセントであり、最低所得率は七・四二パーセントであることは明らかである。そうすると、前記東新貿易の所得率七・一九パーセントは右平均所得率を下廻るばかりか、右最低所得率をも下廻ることが認められる。

原告は、原告の取引は、中国人乗船員のみを相手とするものであり、取扱品も飲食料品であるところ、前記一四件のうちには、日本人又は中国人以外の外国人を取扱う業者が含まれており、又、販売先、或は取扱品目の不明のものが含まれているからこれらを原告の同業者として取扱い、その所得率を原告に適用することは不当であると主張するも、被告は右同業者の所得率をもつて直ちに本件に適用する所得率とはしておらず、それは東新貿易の算出所得率を採るについて比準の参考としているものであるのみならず、原告主張の如く、右同業中のうちには日本人又は中国人以外の外国人を取扱う業者が含まれているとしても、かかる業者の所得率が、全く、比較に堪えない程の格段の差異あるものとは考えられず、更に、中国人乗組員に対する船食業者の所得率は、それ以外の船食業者に比して低いとして、これを考慮におくも、なお、右平均所得率及び最低所得率は、東新貿易の所得率を採用するについての一つの目安として比準の対照の資に値することが認められるところである。従つて、原告の右主張も採用の限りでない。

以上の各事実を総合して考えるならば、被告が原告の係争各年分の事業所得金額を推計する際に、適用した東新貿易の算出所得率八・〇三パーセントは合理性があることが認められ、他にこれを不合理とする特別事情は認められない。

(三)1  よつて、右算出所得率八・〇三パーセントを適用して原告の昭和四三年分の算出所得金額及び売上金額を求めると、売上原価一一四、八八二、九四〇円(当事者間に争いがない)に右算出所得率を掛けると、算出所得金額は九、二二五、一〇〇円となり、そして、一般経費は二、三三九、九三〇円(当事者間に争がない)である。そうすると、次の算式により、売上金額は一二六、四四七、九七三円となる。

(算式)

114,882,940円+2,339,933円+9,225,100円=126,447,973円

そうすると、右算出所得金額九、二二五、一〇〇円から特別経費二、一一二、二四六円(当事者間に争がない)を差引いた残額七、一一二、八五四円が原告の昭和四三年分の事業所得金額であり、これは被告の本件昭和四三年度更正額五、八一五、四〇〇円を上廻ることが認められる。

2  次に、原告の昭和四二年分の売上金額、及び算出所得額を求めると、

前記の如く、原告の昭和四三年分の売上金額及び売上原価が定まり、売上金額に対する売上原価の割合即ち原価率が算定できる場合には、原価率により売上金額を推計することは、推計の方法として合理性があることが認められるところであり、この方法によつて売上金額を推計すると(原告の昭和四二年分売上原価九二、九九八、三三〇円については当事者間に争がない)、売上金額は一〇二、三六四、七〇〇円となる。

(算式)

原告の昭和43年分売上原価 原告の昭和43年分売上金額 原価率

114,882,940円÷126,447,973円×100=90.85%

原告の昭和42年分売上原価 原価率 売上金額

92,998,330円÷90.85=102,364,700円

なお、算出所得率八・〇三%を適用して売上金額を求めると、売上金額は金一〇二、三五七、一三五円となり、右原価率により推計した売上金額と、略、近似値の金額が求められる。

そうすると、右売上金額一〇二、三六四、七〇〇円から売上原価九二、九九八、三三〇円及び一般経費一、八九一、〇四〇円(当事者間に争がない。)を差引くと算出所得金額七、四七五、三三〇円が求められ、これより特別経費二、二九九、九一〇円、及び専従者控除一五〇、〇〇〇円(以上、いずれも当事者間に争がない。)を差引いた残額五、〇二五、四二〇円が原告の昭和四二年分の事業所得であり、これは、被告の本件昭和四二年度更正額三、三四一、九〇〇円を上廻ることが認められる。

(四)  ところで、<証拠略>の中には原告の営業における成績は、

昭和四二年度

売上金額  一〇九、八四一、〇〇〇円

売上原価  一〇二、六四六、四一五円

経費      四、四八二、七四〇円

事業所得額   二、七一一、八四五円

昭和四三年度

売上金額  一一五、八〇〇、〇〇〇円

売上原価  一〇八、二一〇、〇〇〇円

経費      四、四一〇、六三七円

事業所得額   三、一七九、三六三円

であること、右昭和四三年度売上金額は

外販一ヶ月当り 九、五〇〇、〇〇〇円

店売一ヶ月当り   一五〇、〇〇〇円

であること、

価格を差引いた粗利益の売上価格に対する割合(以下、「粗利益率」という)は

外販で六・五パーセント

店売で一〇パーセント

であることの記載のあることが認められるが、他方、右<証拠略>および原告本人尋問の結果(第一回)によれば原告はその取扱商品の主たるものについて商品毎に粗利益率を算出し、各商品の全商品中に占める売上額の割合を計算して全商品の平均粗利益率を算出し、右割合を用いて先づ、昭和四三年度の売上金額、売上原価を計算したものであるが、その基礎となる商品の仕入価格、売上価格、売上量および仕入量等については、全く、原告の記憶によるものであること、昭和四二年度売上金額、売上原価については昭和四三年度分の貸借対照表から計算した所得金額から前年度の売上利益の割合を適用して逆算したにすぎないことが認められるので前記記載は容易に信じられない。他にさきの認定に反する証拠はない。

(五)  そうすると、原告の係争各年分の事業所得額が本件各更正処分の認定額を超えるから、右認定額が過大であるとする原告の主張は失当である。

四  よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 能勢顕男)

別表一ないし五 <略>

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